公園の雑草12021年04月15日 23:52

スミレにも、コスミレ、アカスミレ、ノジスミレ、アリアケスミレ、マルバスミレ、ツボスミレといろいろあるそう。写真と本を見比べて、たぶんタチツボスミレ。
 『日本の野草・雑草:低山や野原に咲く471種』を見ていると、雑草などというものはない、雑草などとひとくくりにしてはいけないと思うようになった。
 そこら辺でよく見かける草、どこにでもある珍しくない草、迷惑なだけみたいに見える草にもそれぞれ名前がついている。名前がわかると、雑草というかたまりから抜け出て、ひとつの生き物として見られるものだ。
 これは、昼休みに散歩にいく公園に生えているタチツボスミレ。

名もない草にも名前はある2021年04月13日 23:39

知らない草を探すのはむずかしい。花期ごとに、双子葉植物のキク科から単子葉植物のオモダカ科の順に並んでると言われても、なんのこっちゃ?。
 うちの庭の草むしりをしていて思った。
 「みんなどうやってんの?」
 ネットで調べてみると、選択的除草というやり方がある。雑草だからと言ってなんでもかんでも抜かないで、この種類だけ抜いていこうというやり方だ。実際に代々木公園などでそういうやり方が行われているらしい。
 抜いていく雑草は、形を見ればわかるけど、「何を抜いているって言えるんだろう」。そう思ってこの本を買ってみた。

お寺のごはん(2)2021年01月10日 23:28

今日食べたみかんの皮も干すことに。
 お寺ごはんと「やまと尼寺」について思うことのつづき。
 男のお坊さんは、食事も修行って言いがちだけど、「やまと尼寺」の尼さんたちは言わない。生活に根差している感じがする。
 また、精進料理の一つの方向として、「・・・もどき」を作るというものがある。お肉そっくりとか、ウナギみたいとか。
 それも、「やまと尼寺」の人たちははやってないようだ。
 素材をそのまま、おいしく食べているように見える。
 この潔さもいい。やっぱり本道はこっちだよなーって思う。

お寺のごはん2021年01月09日 21:54

「おいしくな~れ、おいしくな~れ」ごはん作りの魔法の呪文。
 「やまと尼寺精進日記」を見始めたのは、再放送になってからだった。こういう生活にひかれる。
 自然から与えられるものを食べる。自分たちの食べるものを自分たちで作る。楽しく作る。
 お寺の食事に関する本は、意外に多く出ている。
 時間をかけて、丁寧に、無駄なくみたいなコンセプトなんだろうか。
 いまやそれは、ものすごい贅沢でもある。
 実際に実行するのは難しいだろうけど、本道はこっちだよなーって思う。

森英恵の時代2021年01月03日 17:42

「アイデアは、いつも引き出しのなかにいっぱい入れておく。それをいつ出すかということ。」それは、とてもむずかしい。
 この間壊れたキーホルダーは、就職して初めてか2回目くらいのお給料で買ったハナエモリのもの。
 一緒に買ったお揃いのお財布はとっくに壊れてしまったが、こっちは数十年使った。
 同じ頃、森英恵の『あしたのデザイン』という本を読んだ。
 女一人でビジネスを始めて、そこまでやるのかという頑張りが印象に残っている。
 わたしが就職した頃、年配の女性の課長さんから、「あなたは職業婦人になりたいの」と聞かれた。
 図書館の仕事がしたいと言ったら、同じくらい年配の係長さんからは、「カタロガーになりたいのですか」と言われた。
 職業婦人もカタロガーも死語だと思っていたが、森英恵の時代の人たちの間では、生きていたんだ。
 「ちょっと先の、やがてみんながそこに来るものをつくって用意する」 と森英恵は書いていた。
 そうした働く女性たちの頑張りがいいバトンを渡してくれたから、わたしたちが普通に働けているのだと感じる。

57歳の田辺聖子2020年09月30日 23:54

 ブログを始めたきっかけは、「このブログについて」にもあるように、小さなことでいいから、生活のなかで明るいことを見つけていこうということ。2週間前から始めた。
 昨日、田辺聖子の『残花亭日暦』をぱらっと開いてみたら、そこにこんな文章を発見。
 「・・・業務連絡帳のほかに、もう一つ私は、「よいことばかり あるように日記」というのを作っている」
 そっかーと思った。そのときの田辺聖子の年齢にわたしも近い。この年頃の女たちは、こうやってそれぞれの「いま」を乗り切ってきたのだろうか。
 わたしもこのブログを続けてみよう。