これが女の生きる道(4) 武田百合子 「富士日記」2021年07月04日 23:28

 この日記が書かれたのは、わたしが生まれた頃くらいだ。
 武田泰淳は富士山の辺りに別荘を持っていて、1年を通して行ったり来たりしていたらしい。富士日記は、この別荘に滞在しているときの生活を書いたものだ。
 書かれていることの中心は、毎日の食事や、食材・備品の買い物など生活の細々したこと。余計な説明はなく、かかったお金なども、そのまま金額が書かれている。
 ここから窺えるのは、素顔の生活といったものだ。別荘という高級感やおしゃれ感はない。普通の女が支えている、普通の生活。最近のインスタグラムなどに見られるような、リア充自慢や「映え」はここにはない。
 夫がたまたま小説家だったので、口述筆記や原稿送付などを手伝うのも日常の一部。そうしたことを含めて、淡々と生活を進めていく女のすごさを感じる。

これが女の生きる道(3) 坂口三千代 「クラクラ日記」2021年06月27日 23:17

 坂口安吾の小説は一つしか読んだことがない。坂口三千代さんのこともよく知らない。この本を初めて読んだのは20代の時だし、どこがいいのかと言われてもはっきり答えることはできない。でも、わたしの中にずっとひっかかり続けている。
 安吾との生活や関わりが綴られていくわけだが、三千代さんは安吾についていく。安吾はどんどん壊れていくのに、この人はどこまでもついていくのだ。それが理解できない。ただ、それを否定したいとかそういうことではない。自分はそうしたいとは思わないし、そうできないだろうけど、この人の許容のしかたに圧倒される。
 三千代さんは、最初の結婚で得た静かな家庭を守っていくこともできたかもしれない。でも結局は、安吾との嵐の生活を選んだ。全部が全部とは思わないけれど、これも女の人生の一つのお手本だよなと思う。

これが女の生きる道(2) 田辺聖子 カモカのおっちゃんシリーズ2021年06月20日 21:27

 自分のことを書いたエッセイは、自慢話になってしまっていることが多い。田辺聖子のカモカのおっちゃんシリーズは、旦那さんとのやりとりを描いたものだが、毎回絶妙な具合に、そこから逃れている。
 作家として、とても訓練したのだろうけれど、文章にスキがなく、しかもやわらかい。やわらかいだけでなく、書き手自身の芯のようなものと、それを堅く見せないテクニックを感じる。
 その時々の社会的な事象を、おっちゃんと二人で話し合いながら進んでいくのだが、成り行きも、最後の落としどころも、わたしとしてはとても納得する。物事に対するバランス感覚に納得しているのだと思う。
 今生きていたら、コロナやオリンピック開催について、おっちゃんとどんな話をしたのだろうと思う。

これが女の生きる道(1) 高峰秀子 「旅は道づれ アロハ・ハワイ」2021年06月13日 23:50

 高峰秀子の映画はほとんど見たことがない。わたしが気づいた頃には、もう女優はやめていたから。でも、エッセイスト・高峰秀子のものは、ほとんど読んでいる。
 代表作と言えば『わたしの渡世日記』になるだろうが、読んでいると苦しくなる。養母との解決できない確執が延々と書かれているからだ。
 書いたものの印象が大きく変わるのは、結婚してからのことをテーマにするようになってからだろう。「旅は道づれ」シリーズは、夫と世界中いろいろな所にいった旅行記。一番好きなのは、ハワイでの生活を書いた「旅は道づれ アロハ・ハワイ」だ。
 アラモアナの近くのマンションに部屋を持っていて、マーケットで食材を買い入れ、料理して夫婦でいただくという毎日。それを記録し、エッセイにまとめていくという仕事。
 前半生の女優生活は人が敷いてくれたレールだったが、後半生の生き方は、この人がつかみとったものだ。わたしはそこに惹かれる。

コージーミステリーが好き(5) フロスト警部・シリーズ (R・D・ウィングフィールド)2021年06月06日 15:43

 このシリーズは、ロンドン近くの田舎町が背景。警察は人手が足りないので、フロスト警部も殺人、誘拐、窃盗、新人の育成を同時にやらなくてはならない。
 手に余る仕事の末、失敗、失敗、叱責・・・、1日が長い。おまけにこの主人公は、とてもだらしない人物だ。男やもめに蛆がわき、を地でいっている。切れ者でもなく、猥雑なジョークしか言わない。
 それでもわたしが読み続けられるのは、フロストは人をだましたり、上の者におもねったりしないからだ。この人なら、わたしの手を離さないだろう、そう思わせてくれる。
 (このシリーズは、テレビドラマ化されている。でも、そこに出てくるフロストは、いい人すぎる。脚本家はフロストになんの思い入れもなかったのだろう。)

コージーミステリーが好き(4) ミセス・ポリファックス・シリーズ (ドロシー・ギルマン)2021年06月06日 13:52

 ミセス・ポリファックスは、60代もだいぶいった未亡人。生活の心配はないけれど、生きていくはりあいもない。どうせなら、人の役に立とうと、いきなりCIAに行った。
 もちろん断られるわけだが、面がわれていないということから、小さな仕事で使われることになる。ばあちゃんのスパイ。この設定自体、荒唐無稽だが、話の筋も結構ご都合主義的なことばかり。だけど、そこは問題じゃないのよ。
 ミセス・ポリファックスには、一昔前のよきアメリカ人のいいところが揃っている。強くて、明るくて、健康。いつもしゃきっと背筋をのばして歩いている。
 会話でも、教訓めいたことや名言は言わない。ただ、健康的な常識や品が感じられるのがよい。あんな風に話せるようになりたいと思ってしまう。